6月号「所感」


   今月の所感のご紹介となります。

*2023年6月号 所感 ********************

 5月8日より2類から5類に変わるニュースが飛び交う中、 今年も第39回日本書鏡院選抜展が無事に行われた。  明らかに違うこと。 海外の方が鳩居堂で買い物をした帰り道に見に来てくださったことだ。  その方々と色々話をしていく中で、 今回購入希望の海外のお客様に出う事ができたが、 当日作者が不在ということや色々な事情で残念ながら契約には至らなかった。  日本独自の文化であるかな書道はとくに海外の方が興味深く観覧されていたようで、 小筆を使った繊細な線で流れるような字を書く作品が目に留まったのであろう。  また5年目となった高3生表彰の出席率が高く、 ご家族で出席していただき、 定着してきた感じがする。  何より保護者の方を表彰すると、 とても笑顔で嬉しそうに賞状を受け取る姿を拝見することができた。 学生部の先生方も表彰されるから頑張ろうという一言が言えるようになったというお言葉をいただき、 この企画を立ち上げてよかったと思える瞬間だ。  来年は40回を迎える。 色々な多言語に対応でき、 また先生方が一年かけて創作された作品が海外にお嫁いりする機会を与えるような準備をし、 また学生達にも一人でも多くご来場してもらえるような広報活動を送りたいと強く感じた。  さて鳩居堂が始まる少し前に、 当院にとって大切な方が旅立ってしまった。 かつて常任理事を務められた尻無濱竹翠先生だ。 ご存じの方も多いだろう。 会場に行くと必ずといっていいほど、 丸い顔で黒縁眼鏡の奥からニコニコ笑顔で挨拶してくれた先生だ。 小生にとっては毎年元旦の御岳山初詣の時には一緒に登り、 お参りし、 帰りに宝寿閣でおせちを食べて帰るというのが恒例だった。 子供達二人もとてもなついており、 お正月の写真には必ず先生が写っていたものだ。  また日曜のお稽古でも挨拶を交わしていたので、 身近にいた先生のお一人だ。  娘さんに無理を言い、 仕事帰りの息子を待って、 夜遅くに車を走らせ先生の自宅にお邪魔し、 対面をしてきた。  道中高速をおり、 16号線を走り、 鵜の森の交差点を右折。 そこから上りの一本道。 山崎団地がここまで遠いとは正直思わなかった。 最寄りの町田駅より神奈中バスでどれほどの距離であろう。 夜だから空いているのであって、 日中だと30分以上は平気でかかるであろう。 この道を何十年も書鏡院のために、 日が昇ったか昇らないかの時間帯のバスに乗り、 上野の展覧会・銀座選抜展・品川本部の日曜稽古に通って来てくれたかと思うと、 正直胸が詰まる思いをした。  先生が必ず私達夫婦に25年も前から言い続けてきてくれたこと。 「耕ちゃん、 知ちゃん、 俺はね、 耕南先生のお手本を見た時に 「この字だ」 と思ってね、 書鏡院に入ったの。 おかげで楽しい人生を送らせてもらっているからね。 耕ちゃん、 知ちゃん、 泰ちゃん、 華子ちゃんの為に何か出来ることと言えば、 たくさんの弟子、 孫弟子を残すことだから、 元気な限り頑張るからね。」 節目の時季には会うたびに言ってくれていた。  その言葉通り、 素晴らしいお弟子さんが育ち、 また孫弟子さんを残してくださった。 お弟子さん達もとても良い方々ばかりだ。 そのお弟子さん中心にお別れ会を開いてくださるという。 これも先生のお人柄だ。 きっと先生の面白い話で尽きないであろう。  帰り際にふすまに飾ってあった 「笑門来福」 を見て、 コロナ禍でしばらく先生の笑顔が見れないままお別れしてしまったが、 作品を通して 「耕ちゃんありがとう」 と笑顔で送り出されているように思えた自分がいた。 書道一筋 尻無濱先生に改めて……合掌。 

*(耕史記)****************************

選抜展に展示された 尻無濱先生の作品