2月号「所感」
*2021年2月号 所感 ******************** 今年のお正月。 毎年恒例の御岳山は年末からくる大寒波の報道やこのコロナ禍の初詣分散の報道を見て、 今年は本部前の荏原神社へと参拝した。 元旦の夜から二日への時間が回る時に、 今年初めての書き初めを行い、 「義」 を全紙二分の一サイズに書き上げた。 「義」 の意味は、 人として守るべき正しい道である。 今年で50歳になる小生にとって60歳に向けて、 行動・思い・感謝をもって、 日々 「義人」 となれるよう邁進していきたい。 そんな矢先、 一月七日に一都三県に緊急事態宣言が再発出された。 ただ前回の発出の時よりも本当に緩いと感じるのは私だけだろうか。 つい先日まで 「GOTOトラベル」 「GOTOイート」 で経済を廻していたと思った矢先、 急に政府は口を閉ざしたようにも思う。 勝負の三週間はいったいどこにいってしまったのであろうか。 私は毎日どこのテレビをつけても感染者数・重症者数・死者数をローテーションのようにアナウンスしているだけで、 実はこの数の裏には何千人・何万人もの方々の人生があり、 簡単に数字で片づけられている事に非常に疑問を感じている。 私の身近な家族・生徒達も実際このコロナ禍で色々な弊害が起きている。 私の父は今、 このコロナ禍において老人保健施設に入所しているが去年の四月から一度も面会は叶っていない。 夏場の少し感染者が減少した際も会えずじまいだった。 今は毎日の電話とテレビ面会をしてコミュニケーションをとるだけだ。 どんなリハビリをしているか、 どれくらい回復したのか。 先生からの話だけで自分の目で確認をすることはできない。 父からの電話は 「いつ家に帰れるんだ。 家に帰りたい。」 が口癖である。 ただこの感染状況が基礎疾患を持つ父を今帰してもいいのかと葛藤している日々を過ごしている。 ステイホームをしていた三連休に高校生の全国大会の試合をテレビ観戦した。 観客席はすべて無観客。 私は二人の親であり、 約百人いる学生の指導者でもある。 小さいころから父は送迎し、 母は料理を作り、 汚れたユニフォームを洗濯し、 この大舞台に子供達を立たせるために一生懸命に頑張ってきたであろう。 その子供の雄姿を現地で見る...